ベアスタ開門まで5時間半以上あるという事で、時間つぶしを兼ねてある場所へ向かいました。
鳥栖から西へ車を走らせる事30分。
時間内に行って帰ってこれる所をいろいろ探したんですけど、ここしか見つけられなかった(汗)。
まぁ、見るのも楽しそうだしいいかな~?と思ってね。
~吉野ヶ里遺跡とは~ 紀元前3世紀から紀元後3世紀までの弥生時代は、日本で稲作の文化が始まり、 定住文化が根付いた日本の文化の原点ともいえる時代です。 弥生時代の遺跡の中でも吉野ヶ里遺跡は、 佐賀県神埼郡の旧神埼(かんざき)町・旧三田川(みたがわ)町・旧東脊振(ひがしせふり)村の 3つの町村にまたがった我が国最大の遺跡で、弥生時代における「クニ」の中心的な集落の全貌や、 弥生時代600年間の移り変わりを知ることができ、日本の古代の歴史を解き明かす上で 極めて貴重な資料や情報が集まっています。 これらは日本の様子を記した最古の記録である魏志倭人伝に出てくる 「邪馬台国」の時代を彷彿とさせるもので国の特別史跡にも指定されています。 また、有柄銅剣やガラス製管玉等の出土品は国の重要文化財に指定されるなど、 高い学術的価値を有するものです。
園内マップ。
↑クリックしたら大きくなります。
↑クリックしたら大きくなります。
園内マップの右側、現在地と書かれているところが入口ゾーン。
ここはまだ入場料は取られません。(車で行けば駐車料金300円取られますが)
ここはまだ入場料は取られません。(車で行けば駐車料金300円取られますが)
このゾーンにはレストランや売店がありましたね。
入場チケットもここで購入して、奥に見えてるゲートを通ります。
大人400円でした。 頭にかぶる笠や日傘の貸し出しもやってました。
いざ入場。 なんだかんだ言ってもワクワクしてる(笑)。
この日はとにかく快晴。 青い空が気持ちいいです・・・と言いたいけど暑すぎ(汗)。
ひぃひぃ言いながら園内を探索。
ひぃひぃ言いながら園内を探索。
そして環壕集落ゾーンへ。
ここには『南内郭』と呼ばれ、竪穴住居や物見櫓、集会の館や煮炊き屋などの建物が復元されてました。
物見櫓に登る事ができたので行ってみます。
この集落が一望できました。
風が気持ちいい~~。
ここには『南内郭』と呼ばれ、竪穴住居や物見櫓、集会の館や煮炊き屋などの建物が復元されてました。
物見櫓に登る事ができたので行ってみます。
この集落が一望できました。
風が気持ちいい~~。
振り返れば『倉と市』と呼ばれるまた別の区画が。
建物もだけど緑もきれい。
建物もだけど緑もきれい。
集会の館。
一本の背の高い木が立ってました。
一本の背の高い木が立ってました。
どこぞのちぴっ子が一生懸命鐘を鳴らしてます。
『南内郭』を出て、さらに北東へ進むと『北内郭』と呼ばれる区域に着きます。
ちょっと写真は撮ってないんですけど、ここには3~4階建ての建物があり、
集会場や祭壇のようなものがありました。
非常に神秘的。
非常に神秘的。
『北内郭』を出てさらに北東へ。
丘のようなものが見えてきます。
『北墳丘墓』。 何と丘の中に入ると資料館みたいになってました。
吉野ヶ里集落の歴代の王が埋葬されている特別なお墓らしいです。
写真とか撮ったら何か写りそうだったので控えめに(汗)。
丘のようなものが見えてきます。
『北墳丘墓』。 何と丘の中に入ると資料館みたいになってました。
吉野ヶ里集落の歴代の王が埋葬されている特別なお墓らしいです。
写真とか撮ったら何か写りそうだったので控えめに(汗)。
でもクーラーが効いてたので少しは涼しめました。
ここまで約1時間半。
北東のほうへ歩いてきたけど、それでもまだ半分くらいしか見てないんだよね。
それでも途中、園内走る無料バスのバス停を見つけちゃって。
あとは乗って見てまわりました(爆)。
運転手が説明してくれるからこっちの方が為になるかも。 クーラーガンガン効いてるし(笑)。
バスは広大な芝生、水田、職人や一般の人々が住んでたといわれる『南のムラ』を通り入口付近へ。
約2時間見てまわったのかな。
戻ってきた時には汗ぐっしょりでした。 天気良すぎだ・・・。
ベンチに座って休憩してると黄色い格好をした方々がチラホラと。
ジェフサポ、考える事は一緒か・・・(笑)。
鳥栖へ戻ってホテル探し。
鳥栖駅からすぐ近くの『ルートイン』というビジネスホテルにチェックイン。
ここは昨年、大分の方でも利用した事があったので選びました。
部屋はこんな感じ。 一泊6500円でした。
ここでもたくさんのジェフサポが次々とチェックインしてましたわ(笑)。
ユニ着てなくてもキーホルダーやら身に付けてる物がジェフだからすぐ分かる。
この時点で15時。 開門まであと2時間。
時間までのんびり過ごさせてもらいました。